八幡浜市長選挙考察 ― 2021年04月09日
八幡浜市長選挙について、隣市に在住する者としては興味深く観察しています。Twitterでの連続投稿を一部加筆して転載しました。
【八幡浜市長選挙考察(1)】
隣市の市長選挙立候補予定者公開討論会をYouTubeでじっくり視聴。便利な時代ですね。討論会のやり取りを視聴していくつか疑問が。
・新人は現職の市政を「無駄な箱モノ行政」と批判。具体的にはどの箱モノが無駄なのか?
【八幡浜市長選挙考察(2)】
・八幡浜市立病院は老朽化による建替え。これが無駄な箱モノなら、耐震性の問題はどうなる?
・八幡浜市民文化活動センターも老朽化した旧市民会館の建替え。保内文化会館(夢みかん)を踏まえて、大ホールは342名収容と以前より規模は縮小。
【八幡浜市長選挙考察(3)】
・保内地区の認定こども園新設も老朽化した旧町からの保育施設を統合したもの。ほとんどの保護者が自家用車で送迎するため、十分な駐車場が確保され利便性は大きく向上。施設を集約することで効率的な保育士配置が可能になり、待機児童減につながる。
【八幡浜市長選挙考察(4)】
・「みなっと」について。用地は前市長時代に整備されたもの。現在は県内有数の集客施設に成長。私も含めて大洲市民もここまでよく買い物に行くようになった。これを無駄な箱モノと断ずるのはいかがなものか。
【八幡浜市長選挙考察(5)】
・「商店街をみなっと近辺に移動させ次世代型ショッピングモールを作る」と新人は発言。用地は?財源は?運営主体は?運営形式は?実現可能な公約なのか。「無駄な箱モノづくりを排除」との公約と矛盾しないのか。
【八幡浜市長選挙考察(6)】
・「黒湯温泉みなと湯」の整備について、新人は「民業圧迫」と批判。市全体の入込客数を増やし、切磋琢磨して共存共栄との観点はないものか。「みなと湯」があればこそ「黒い商店街」の盛り上がりにも繋がった。商店街の取組みも否定するのだろうか。
【八幡浜市長選挙考察(7)】
・財政問題について。新人は負債額が増加と現職を批判。現職は実質公債費比率は前市長時代より低下と主張。一般的に自治体財政を論じる場合は実質公債費比率を目安にすることが妥当。総額では特別会計や企業会計の規模によって差がでてしまうため指標としてはなじまない。
【八幡浜市長選挙考察(8)】
つらつらと書きましたが、最後は八幡浜市民の選択です。感情に左右されず「事実」を重視して判断していただきたいですね。大洲市民の一人としては、その結果を見届けたいと思います。(終わり)
令和元年(2019)6月まとめ ― 2019年06月30日
冬の日 ― 2013年12月20日
再起動 ― 2013年07月22日
業務連絡 ― 2009年03月31日
エラー通知で返信ができません。
****@apost.plala.or.jpのアドレスで私にメールを
送った方、再度ご連絡をよろしくお願いします。
以上、業務連絡でした。
鎮魂 ― 2008年08月15日
感動 ― 2008年08月08日
この弔辞はすごいです。特に最後の言葉が。
以下は森田一義氏の弔辞全文です。
「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。
10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。
終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないから、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。
しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。
赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。
あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。
あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。
いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。
私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。
合掌。
平成20年8月7日、森田一義
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***今日の街頭演説***
アクトピア大洲前にて17時より約30分。
キムラチェーン大洲店前にて18時より約30分。




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